「セールスイネーブルメントといえば、ナレッジワーク」は、どうつくられたか。新しい概念を国内に根付かせる挑戦
誰も知らなかった言葉を、数年で業界の共通語にする。「この領域といえば、この会社」という想起をゼロからつくることに挑んだ、カテゴリーブランディングの象徴的な事例がある。
それが「セールスイネーブルメント」というカテゴリーを立ち上げ、その代名詞になった株式会社ナレッジワークだ。セールスイネーブルメントとは、営業の一人ひとりが成果を出せるよう現場そのものを支援する考え方を指す。日本でも耳にすることが増えてきたこの新しい概念を、同社はどのように市場に根付かせてきたのか。
話を聞いたのは、同社で専門役員 Principal / セールスイネーブルメントを務める並木康貴氏。イネーブルメントという考え方が国内に根付く前からその普及をリードしてきた人物だ。ナレッジワーク社がどのように顧客のインサイトを掴み、自社ならではの価値を証明してきたのか。並木氏とともにカテゴリー創造のプロセスを一歩ずつたどる 。
出演者

Interviewee
株式会社ナレッジワーク 専門役員 Principal / セールスイネーブルメント
並木 康貴(なみき やすたか)
事業会社での営業・営業戦略室の経験を経て、デロイトトーマツグループに入社し人材/組織開発コンサルティングに従事。2019年、株式会社セールスフォース・ジャパンにてセールスイネーブルメント組織を牽引。2023年に株式会社ナレッジワークへ参画。セールスイネーブルメントコンサルティング責任者に従事。グロービス経営大学院MBA修了。

Interviewer
株式会社EXIDEA 取締役副社長 COO
塩口 哲平(しおぐち てっぺい)
新卒でコンサルティングファームのトーマツグループに入社。中小ベンチャー企業の組織開発や人材コンサルティングを実施する。その後、2015年に動画マーケティング会社の株式会社プルークスを共同創業し取締役に就任する。2017年にJapan Youtube Ads Leaderboardを受賞。EXIDEAでは、スタートアップから大企業までBtoBマーケティング・ブランディング支援を行う。
ナレッジワーク社が「セールスイネーブルメント」を選んだ理由
カテゴリー創造の起点は、顧客の潜在的なニーズに気づくことにある。
ナレッジワーク社がまず見つめたのも、営業の現場に残った“満たされなさ”だった。
営業の現場は管理の仕組みで効率化したはずが、なにか足りない。最初の問いはそこにあった。
塩口 まず伺いたいのが、ポジショニングです。ナレッジワークはなぜ「セールスイネーブルメント」を事業領域に選んだのでしょうか。
並木 構造の話からさせてください。私たちは、営業の高度化を分解したときに、大きく二つの領域があると考えています。一つは管理を担う「セールスマネジメント」。SFAやCRMといった、営業活動を管理するためのDXがここに入ります。もう一つが、担当者の業務と学習を支えて成果の底上げにつながる支援を担う「セールスイネーブルメント」の領域です。

塩口 管理者と現場の担当者、それぞれメリットを得る対象が違うんですね。
並木 日本では、管理のほうがイネーブルメントより約10年早く普及しました。その結果、「管理者には有難いけれど、現場は縛りつけられる」そんな状態が生まれてしまっています。管理の仕組みだけが先に入り、現場の負担は増えるばかりで恩恵が返ってこない。日本の営業DXの定着が進まなかった理由の一つが、ここにあると思っています。
塩口 そこを補う仕組みが、セールスイネーブルメントということですね。
並木 もちろん、管理が要らないわけではありませんよ。営業活動を管理するマネジメントは当然大事で、私たちも実際にやっています。大事なのは、それと同時に現場に恩恵が返ってくる支援、つまりイネーブルメントの仕組みが連動したときこそ、営業組織のパフォーマンスは最大化するということです。
しかし実際は、経営からの優先度も相まって、管理の仕組みが先に広まった分、現場を支援する側のニーズが手つかずのまま残っていた。だから私たちは、すでに普及していた管理(マネジメント)の領域と対になる、支援(イネーブルメント)の側に立つことを選びました。

塩口 営業という仕事そのものを構造化して、「営業DX」という既存市場が満たしきれていなかったニーズを押さえにいったんですね。コアターゲットとしては、まずどういった企業を想定してこられたのでしょうか。
並木 最初は大手企業向けと決めていました。これは管理の仕組みに取り組んできた組織にこそ、現場担当者一人ひとりの成果を支える「イネーブルメント」は効果を実感してもらえると考えたからです。それに、新しい概念を日本全体にまで広げていくなら、まずはリーディングカンパニーをしっかり支援して、確かな成果に結びつけていきたいという覚悟もありましたね。
「営業育成」では、セールスイネーブルメントの半分しか語れない。
カテゴリーを定義するとき、自社のスタンスも定めなければならない。
「なぜ営業現場の支援は手つかずだったのか」並木氏は独自のフレームワークで紐解く。
顧客が抱える悩みや葛藤に向き合うことで、解決すべき本当の課題が見えてきた。

塩口 とはいえ当初、セールスイネーブルメントという言葉自体、ほとんど知られていなかったのではないでしょうか。「営業育成」との違いも知りたいです。
並木 営業育成という言葉だとやっぱり耳慣れていますよね。私がかつてウェビナーをしていた頃も、伝わりやすいように営業育成という言葉を使っていました。ただ、その言葉では本質の半分しか言い当てられないんです。
塩口 詳しく伺えますか。
並木 実は、国内でいち早くイネーブルメント組織をつくったセールスフォース社がその組織につけた名前は「セールスプロダクティビティ」といって、営業の生産性向上を主眼に置いたものでした。生産性ですから、売上を上げる方向だけではなくコストや時間を減らす方向も含まれる。営業育成という言葉よりもその範囲は広がりますよね。

塩口 セールスイネーブルメントの核心に近づいてきた気がします。いままでこのアプローチはされてこなかったのでしょうか。
並木 組織によっては取り組まれてきたはずです。ただ、その多くが営業の現場から切り離されて進められてきているのが実態でしょう。セールスイネーブルメントを分解した四象限の図を見ながら説明させてください。

並木 従来の「営業育成」が扱ってきたのは能力開発と人材の領域であり、営業担当者を教育して個々人のスキルを磨くアプローチです。かつて人材流動性が今より高くなかった日本においては、自然な打ち手とも言えます。
一方、手薄になってきたのが業務最適化による成果の領域であり、ノウハウを整理して共有する「ナレッジ」、業務の仕組みを整える「ワーク」です。これらは手が付けられていないこともあれば、社内の営業企画やDX推進部門が担っていたり、外部に委託されていることもあります。
塩口 そこだけ営業現場以外が主体になっているんですね。
並木 現場からすると「あちこちから、違うものが降ってくる」状態ですよね。担い手が分断されているだけでなく現場任せになっているので、施策に一貫性がなかったり、営業現場の実態に合っておらず、結果として継続できないという事態が起こりがちです。そうした現場の状況を見てきて分かったことは、単なる営業育成ではなく、現場に根差した成果につながるイネーブルメントを体系化した考え方がまだ存在していなかったということが最も大きな課題でした。
「営業資料がすぐ見つかる」。あえて“効率化”から入った理由
市場になかった新しい価値をどのように示し、顧客に信じてもらうか。
その価値が認められ「売れた」という事実は、カテゴリー創造への大きな一歩となる。
ナレッジワーク社と並木氏がそのために掲げたのは、顧客に成果をもたらすという一点だった。

塩口 概念を整理したうえで、実際の事業はどこから始めたのでしょう。
並木 まずは大手企業のお客様においては、商談の質の向上や、顧客の売上を上げることよりも、効率化のほうが先に大きなインパクトを出せると見ていました。
有名な話で、営業担当者が実際の商談に割いている時間よりも、その準備に費やしている時間の方がはるかに多いというデータがあります。ならば商談時間の最大化に向けて、準備時間の圧縮を支援する方が、初期のインパクトは大きいはずです。しかも効率化であれば数ヶ月から半年で効果を測れます。「スキルアップして、3年後に成果が出ます」では、経営者も納得しにくいですからね。
塩口 営業支援というと「どれだけ売上を上げるか」に目が向きがちですから、このアプローチは意外でした。
並木 だから本当に初期のプロダクトの提供価値は「営業資料がすぐ見つかる」というものだったんです。大手企業は組織が大きく資料も分散しているので、フォルダを掘っても結局見つからない、ということが起きがちです。それを数秒で解決するこの初動が受け入れられて、大手企業を起点にイネーブルメントの有用性が広がっていきました。
もちろんイネーブルメントの本質は生産性の向上ですから、初動は効率化としつつ、そこから受注率や案件化率を上げる方向へつなげていく。その順番を大切にして話をしてきました。

塩口 手応えを感じてもらえるように着実に成果を示してきたんですね。ただ、新しい価値を掲げても最初は「本当にできるのか」と疑われませんでしたか?
並木 これに関しては「言っていることと、やっていることを一致させる」ことに尽きると思っています。私自身もナレッジワーク社内のエンタープライズセールスの体系化に取り組んできました。何ができたらゴールなのかを整理して、各々の役割分担、提案書のフォーマット、関係者マップの描き方まで、実際に現場と一緒に叩きながら落とし込んでいます。
ナレッジワーク社内の取り組みをお客様にお見せすると「やっぱり知見があるね。うちもこういうことを実現したい」と言っていただける。そこまで私たち自身がやり切るからこそ、サービスに説得力が生まれるんです。
塩口 後回しになりがちな自社のことをまずやり切っていることが、新しい価値を信じてもらうための裏づけになったんですね。
並木 BtoBではそこが本当に大事だと思っています。新しい価値を提案するからには、まずは自分たちでその価値を示さなければいけない。そこを疎かにしてはお客様の信頼は得られません。
すべての判断軸を”顧客の視点”に置いた。 ブランド訴求のこだわり
カテゴリーを形成するには、わかりやすい言葉やデザインといった伝える工夫も必要だ。
その言葉に自社の名前を重ね、繰り返し届けることで、第一想起に繋がっていく。
ナレッジワーク社の施策はセールスイネーブルメントと自社を結びつけ、想起させる工夫に溢れていた。
塩口 私たちの調査でも「セールスイネーブルメント=ナレッジワーク」という認識が業界に広がっています。その第一想起はどうつくられたのでしょうか。
並木 ひとつの施策で広がったわけではないんです。届けたい層を分けて、いくつもの打ち手を重ねてきました。土台になったのは、代表の麻野が書いた『NEW SALES(ニューセールス)』(ダイヤモンド社)という書籍です。「複雑なまま伝えても、広まらない」という当人の考え方が反映された本で、とにかく読みやすく、誰でも手に取れる概念の入口として、これを掲げたことが始まりです。

塩口 入口になる一冊があると、話が一気に伝わりやすくなりますよね。
並木 この「NEW SALES」のムーブメントを広げるため、書籍出版と合わせて人が集まる場もつくってきました。毎年秋には大手企業の部長職以上だけをお招きし、完全招待制で1泊2日のカンファレンスを開催します。ここではあえて自社の営業の話を脇に置いて、営業を変えたいという思いそのものを分かち合います。お客様に推進者としての意志がないことにはイネーブルメントは始まりませんので、とても大切な時間になっています。

塩口 一つの言葉をきっかけにコミュニティやアワードが生まれ、多くの人が関わり、動いていく。まさにムーブメントですね。
並木 そこに加えて最近はYouTubeにも力を入れていて、これはまた届けたい相手が違います。意思決定者にはカンファレンス、推進者にはユーザー会やアワード、そして現場の営業担当者にはYouTube。届ける層ごとにチャネルもメッセージも違いますが、いつでも、どこでもイネーブルメントに触れられる状態をつくりたいというのが狙いです。

※2026年7月時点のチャンネル登録者数は 17万人
塩口 必要な時にすぐに手が届く場所に接点を張り巡らせているんですね。しかしこれだけ多面的にやられていると、同じ領域を手がける他社との関係も気になります。
並木 そこは、お客様の成功にどうつなげるかを第一に考えるスタンスを貫いています。たとえ競合関係にあっても、新しい営業のあり方を広める同志と考えていますし、実際に私たちのコンテンツやイベントの運営側に加わっていただくこともあります。
塩口 顧客や競合さえ巻き込みながら一緒に市場を作り上げていく。そうやって、セールスイネーブルメントのカテゴリーを定着させているんですね。
誠実に証明し続ける姿勢が、カテゴリーを生んだ
セールスイネーブルメント という新しいカテゴリーがいま、日本に根付きつつある。
その最前線を走ってきた並木氏は、その過程を振り返った。

塩口 最後に、これからカテゴリーを確立したいという会社に向けて、大事だと思う視点があれば伺えますか。
並木 そうですね…。「誠実であること」だと思います。最近はAIが絡むとなおさらですが、できそうなことを謳うのが容易な時代になってきていると感じます。そんななかで、この領域と目の前のお客様の解像度をどこまでも高め、現実にちゃんとうまくいくものを見せること。最初はスコープは狭くていいから、顧客の成果につながることを証明していくことが大切だと思います。それを誠実に、オープンに見せていくことですね。
塩口 海外のブランディングでも重視される「オーセンティシティ(真実性)」と同じですね。自分たちが大事にしていることと、提供しているものが一致している。
並木 印象が良いように取り繕っただけのものは、深く聞いていけば分かってしまう。それはお客様にも当然伝わります。だから誠実に、正直に、できることを証明し続ける。それが、カテゴリーをつくるうえで一番大事なことだと私は思っています。
塩口 営業現場のインサイトを見抜いてカテゴリーを定義し、効率化という確かな成果で信頼を築く、そして顧客や競合まで同志としてムーブメントを起こす。今日伺ったお話の随所にその誠実さが現れていたように思います。
本日は、非常に勉強になるお話をありがとうございました。
並木 こちらこそ、ありがとうございました

カテゴリーブランディング白書
本インタビューは、ブランド想起の影響に関する弊社独自の調査企画「カテゴリーブランディング白書」と連動して掲載しています。
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