「BtoBマーケティングなら才流」になるまでの道のりとカテゴリー選定の重要性

今回は、株式会社才流(以下:才流と記載)・代表取締役社長の栗原康太氏を取材。
BtoBマーケティング支援事業を立ち上げ、コンサルティング会社として多くの企業の支援を行っている才流だが、どのように「BtoBマーケティング=(イコール)才流」というカテゴリーでの第一想起を確立するに至ったのか―― 取材を通して見えてきたものは、栗原氏の視点から見える、カテゴリー戦略の重要性だった。
「事業は初期のカテゴリー選定が9割」と語る、栗原氏はカテゴリーブランディングをどのように捉えているのか、そのコアに迫る。
出演者

インタビュイー
栗原 康太 / 株式会社才流 / 代表取締役社長
東京大学卒業。2011年に株式会社ガイアックスに入社し、BtoBマーケティング支援事業を立ち上げ。事業部長、経営会議メンバーを歴任。「メソッドカンパニー」をビジョンに掲げる株式会社才流を設立し、代表取締役に就任。著書に『事例で学ぶ BtoBマーケティングの戦略と実践』(すばる舎)、『新規事業を成功させる PMFの教科書』(翔泳社)など。

インタビュアー
塩口 哲平 / 取締役副社長 / COO
新卒でコンサルティングファームのトーマツグループに入社。中小ベンチャー企業の組織開発や人材コンサルティングを実施する。その後、2015年に動画マーケティング会社の株式会社プルークスを共同創業し取締役に就任する。2017年にJapan Youtube Ads Leaderboardを受賞。EXIDEAでは、スタートアップから大企業までBtoBマーケティング・ブランディング支援を行う。
「マーケティング以前の問題」― なぜ才流はビジネスモデルの転換を急ぐのか

塩口 本日はよろしくお願いいたします。早速ですが、栗原さんは以前に比べて露出を減らされている印象があります。
栗原氏 はい。私がずっと露出し続けるのも限界がありますよね。特にマーケティング支援会社のようなビジネスでは、トップの人だけが露出している会社が多いと感じています。そのスタイル自体がどうこうという話ではなく、その状態は避けたいと思っていました。属人化せずに仕組みにしたかったのが理由の1つです。
もう1つの理由は、まだ完全には解決できていないのですが、私たちのコンサルティングビジネスはプロジェクトベースで終わってしまう「フロービジネス」であり、「ストックビジネス」になっていない課題があります。フロービジネスの状態で私が露出し続けても仕方がない、露出するよりも先にフロービジネスである点を何とかすべきだと考えていました。
塩口 その視点は意外でした。
栗原氏 おそらく案件獲得力はすごくあるのですが、プロジェクトベースで「ありがとうございました」でお客様に満足いただき、関係が終わってしまう。今の会社の規模なら回りますが、スケールさせようと思った時に、そこが明らかにボトルネックになります。これを解決しない限りは、マーケティング以前の問題だと感じていました。
塩口 以前、コンサルティングビジネスのスケールを目指すというお話もされていましたね。
栗原氏 大手企業様との取引の増加や、ニーズの多い新規事業領域へのシフトは上手くいっています。しかし、「ストックビジネス化」という点がまだまだです。ストックビジネスの定義として、年次の解約率が10%未満という目安があります。つまり、顧客との関係が10年続く必要があるわけですが、10年続くコンサルティング系ビジネスはほとんどありません。この点がまだ課題として残っています。
「面談が嫌いで辞めた」― 個人の特性と事業課題から生まれた『メソッドカンパニー』

塩口 改めて、才流の事業全体のミッションや今後の方向性について教えていただけますか。
栗原氏 私たちはコンサルティング会社で、特にBtoBのマーケティング、営業、事業開発に強みを持っています。会社としては「メソッドカンパニー」というビジョンを掲げており、独自の調査やプロジェクトを通して得た知見を形式知化・体系化し、書籍やWebコンテンツ、セミナーといった形で発信しています。今後も、知見や経験がなくて成果が出ないという企業を支援できる会社でありたいと考えています。
塩口 もともとは人材マッチング系のビジネスをされていたかと思うのですが、そこからBtoBマーケティングにフォーカスされたきっかけは何だったのでしょうか。
栗原氏 記事には書ききれない話なのですが…(笑)。以前は企業とフリーランスのマッチングサービスを行っていましたが、結論から言うと、事業が上手くいかなかったというより、私の特性に全くマッチしていなかったんです。
塩口 そうだったんですか(笑)。
栗原氏 人材ビジネスは、企業の採用担当者や多くのフリーランスの方など、たくさんの人に会わなければなりません。私は面接や面談、1on1が一番嫌いで、「やってられない」と思って辞めてしまいました。理由の95%はこれです(笑)。
その後、何か事業をやらなければと考えた時に、前職でBtoBマーケティングをずっとやっていた経験から、独立後も昔のお客様から相談をいただいており、ニーズがあると感じていました。また、当時はSaaSが盛り上がっており、調達した資金の4割をセールス・マーケティングコストに投下しよう、というベストプラクティスが流通している市場だったので、ここでならやっていけるだろうと参入しました。
真面目な話をすると、マッチング事業をやっていて感じたのは、企業側がカオスな状態だと、どんなに優秀な働き手をマッチングさせても活躍できない、ということでした。事業がPMF(プロダクトマーケットフィット)していなかったり、組織がぐちゃぐちゃだったりすると難しい。それならば、企業側のカオスを収めることに貢献ができれば、多くの人が活躍しやすくなる。そこに価値があると考え、コンサルティングやメソッドの流通を始めました。
才流が実践したBtoBマーケティングにおけるカテゴリー戦略

参入当時の市場と才流のポジショニング
塩口 参入当時のBtoBマーケティング業界はどのような状態で、才流はどのような違いを作ろうと考えていたのですか。
栗原氏 まず分かりやすい点として、当時はBtoBマーケティングに関する体系化された情報がほとんど流通していませんでした。マーケティング関連書籍の多くはBtoCの話で、BtoBの実務家にとっては内容を置き換えにくく、参照できる情報が少ないことに私自身も困っていました。なので、「BtoBマーケティングに関する体系的な情報」にはニーズがあると考え、そこを発信していこうと決めました。
もう1つは、情報を発信するチャネルです。当時は書籍や展示会、オフラインセミナーが中心で、SNS上には情報が全く流通していませんでした。私が参入したタイミングでちょうどX(旧Twitter)が盛り上がっていたので、BtoBマーケティングの体系的な情報をSNSに乗せれば上手くいくのではないかと考え、Xでの発信を始めました。
塩口 才流の発信が市場に刺さったのは、どのような点だったのでしょうか。
栗原氏 それはおそらく、2つの優位性があったからだと思います。1つは、私たちのコンサルタントはBtoBマーケティング歴10年以上の経験者のみを採用しており、「経験知」が豊富にあることです。もう1つは、日々コンサルティングの現場で得た知見を抽象化して発信しているため、理想論や教科書的な話ではなく、現場で使える「実践知」だったことです。それまでは大学教授の研究や海外情報の翻訳が多かった中で、私たちが実際に経験していることを発信していった点が評価いただけたのだと思います。
カテゴリー認知獲得の3つのフェーズ
塩口 才流という会社やメソッドが広がり始めた手応えは、いつ頃から感じましたか。
栗原氏 2018年の夏頃ですね。4月にコンサルティング事業に参入し、当初はSNSで仕事術や採用など色々なことを発信していたのですが、全く広がりませんでした。ある日、「BtoBマーケティングのノウハウを呟くボットになろう」と決め、それ以降、私のSNS投稿の99.9%をBtoBマーケティングの話に絞りました。すると、一気に反応が来るようになりました。「BtoBマーケティングといえば才流」という認知は、このようにカテゴリーを絞り、エントリーポイントを上手く作れたからだと思います。
塩口 カテゴリーを啓蒙していく初期の頃は、どのようなことを意識していましたか。
栗原氏 いくつかフェーズがあります。
第1フェーズは、まず知ってもらうことです。拡散力の高いX(旧Twitter)の活用と、もう1つはオウンドメディアで寄稿者を10〜20名ほど集め、記事を書いてもらい、皆でシェアしてもらうという施策を行いました。これにより、初期から速いスピードで認知を広げることができました。
第2フェーズは、Xとオウンドメディアでの発信実績を元に、様々なチャネルへ展開していくことです。MarkeZineやWeb担当者Forumのような外部メディアへの寄稿から始め、徐々にセミナー登壇や共催セミナーへと広げていきました。これは、2014年頃に一世を風靡したYouTuberであるマックスむらいさんの動画を参考にしました。動画の13:09~16:00あたりに『チャネルを増やした結果、売上・利益が倍々で増えていった』エピソードが紹介されています。実際に倍々ゲームとはいきませんでしたが、露出を増やせば増やすほど、問い合わせ数は比例して増えていきました。
第3フェーズは、書籍の出版です。これまでの発信実績を元に出版社に企画を持ち込みました。書籍を読んでいただくことで、権威性や信頼性が格段に上がり、現在の認知の大部分が形成されたと感じています。
- フェーズ1:自社発信力の強化
オウンドメディアとSNS(X)にリソースを集中投下し、発信の核を作る 。 - フェーズ2:外部チャネルへの展開
自社での発信実績を元に、MarkeZineなどの業界メディアへ展開。共催セミナーやイベント登壇も増やす 。 - フェーズ3:権威性の確立
それまでの全実績をアセットとして、出版社に企画を持ち込み、書籍を出版する 。
成功を支えたコンテンツ制作の仕組み
塩口 初期にオウンドメディアやXで発信する際、特に意識されたことは何ですか。
栗原氏 コンセプトは「BtoBマーケティングのボット」として、情報の一貫性を保つことでした。しかし、コンテンツ制作で重要になるのは実行(エグゼキューション)です。多くの企業が「時間が取れない」「書くのが苦手」という2点でつまづきます。
私たちはこの2つにそれぞれ対策をしました。「時間が取れない」という課題に対しては、会社の仕組みとして「水曜の午前中はコンテンツ作成の時間」と定め、逃げ場をなくしました。「書くのが苦手」という課題に対しては、そもそも文章や資料作成が得意な人しか採用していません。Xで発信していた人や、自分でセミナーを開催していた人などを採用しているので、「時間は確保したし、スキル的にも問題なく書けるだろう」という状態を作っています。
塩口 御社の記事やスライドは当時からデザインが統一されていますが、これはどのような意図があったのでしょうか。
栗原氏 ブランドイメージを統一しないと、「BtoBマーケティングといえば才流」という認知を獲得する効率が悪くなると考えていました。そのため、創業当初からデザイナーにブランドカラーやスライドのマスターテンプレート作成を発注し、それで公開するように徹底していました。
塩口 初期はまだ実績が少ない中で、どのように信頼を獲得していったのですか。
栗原氏 私を含め初期メンバーがベテランだったので、過去の実績を発信できたのは大きかったです。また、SaaSのセオリーに「SMBからエンタープライズへ」がありますが、SMBのお客様との取引が増えた後にエンタープライズのお客様から引き合いをいただきました。そして、初期からお客様インタビューに協力いただき、事例コンテンツとしてサイトに掲載していくことを将来を見据えて続けていました。今では100件ほどの事例がサイトにあります。
「やり続けるだけで勝てる」― 才流が越えた“2つの死の谷”
塩口 様々なチャネルに展開する際、効果測定はされていたのですか。
栗原氏 測定しきれないことは元マーケターとして分かっていましたし、測定しようとすることで手も止まってしまうことも分かっていました。だから、計測はしていません。やれば成果が出ることも分かっていたので、実行することだけを重視しました。
コンテンツマーケティングは、最初は赤字ですが、ある一点を超えると大きく黒字になる施策です。多くの人は赤字の段階で効果測定をして「ダメだ」と辞めてしまう(1個目の死の谷:効果測定の谷)。私たちは黒字化するまで測定しない、と決めていました。さらに、問い合わせが増えて忙しくなると発信が止まってしまう「2個目の死の谷(継続の谷)」も存在します。これも経験的に分かっていたので、投資を続ける仕組みをつくりました。やり続ける企業は本当に少ないので、それだけで勝てるんです。
事業の拡大と今後の展望

BtoB領域全体を網羅する書籍化構想
塩口 書籍によって認知が広がったとのことですが、PMFなどの新しい概念を打ち出し始めたのもその頃ですか。
栗原氏 そうですね、書籍とほぼ合わせてやり始めました。私たちの構想として、ビジネスにおける一通りの領域、つまり「事業開発」から「マーケティング」「インサイドセールス」「フィールドセールス」「パートナービジネス」「カスタマーサクセス」までを全て網羅したいという思いがあります。
私のキャリアはマーケティングから始まったので、まずマーケティングの本を出し、次に事業開発、インサイドセールスの本を出しました。パートナービジネスや主にフィールドセールスが担うABMに関する書籍も近々出版予定です。各領域の専門家を採用し、一気通貫でメソッドを体系化・発信していく計画が頭の中にあり、その通りに進んでいます。
ビジネスモデルの課題と「リサーチ&アドバイザリーファーム」への転換
栗原氏 ただ、この構想には経営上の課題もあります。これらのコンテンツ発信は、現在のビジネスモデルではすべて「販管費」として計上され、利益を削ってしまいます。
塩口 それはストック化されていないという冒頭の話にも繋がりますね。
栗原氏 はい。そこで目指しているのが、海外のガートナー社やフォレスター・リサーチ社のような「リサーチ&アドバイザリーファーム」というビジネスモデルです。彼らは年間数百万円〜数千万円の会員契約を企業と結び、会員限定のレポートやアナリストへの相談権を提供しています。このモデルであれば、メソッドの体系化や発信が「売上原価」に近い形で扱え、かつストックビジネスになります。
これからは、今まで無料公開してきたメソッドの多くを会員限定に切り替え、より質の高い情報を届ける形にしていく予定です。これは生成AI対策というより、ビジネスモデルの転換という観点が大きいですね。私の好きな「情報を集める」や「体系化」で生きていくにはどうすればよいか、を考えた結果です。
「人生はカテゴリー選定が9割」― 栗原氏が語る戦略の起点

一度獲得したパーセプションは変えられない
塩口 事業を横に広げる上で、既存の「マーケティングの会社」という認知(パーセプション)を変える難しさはありますか。
栗原氏 パーセプションを変えたり増やしたりするのは、想像以上に大変です。資金が潤沢にあれば別ですが、私たちのような事業規模では基本的に無理だと考えた方がいい。だからこそ、最初にどのカテゴリーで、どのようなパーセプションを得たいのかという設計が極めて重要になります。後から変えることはできませんから。
これは採用にも影響します。BtoBマーケティング職でスカウトを送ると返信率は非常に高いですが、セールスコンサルタント職や事業開発職で送ると普通の企業並みに落ちます。事業における認知が、採用の容易さやコストに直結しているのです。
「解約率は“所与の条件”」― 事業の成否を決めるカテゴリー選定の本質
塩口 最後に、BtoBマーケターに向けて、栗原さんが考える「カテゴリーの重要性」を改めてお伺いできますか。
栗原氏 経営者の立場から言うと、「参入するカテゴリーの選定は慎重に」ということに尽きます。以前、ある急成長スタートアップの社長にインタビューした際に、「解約率はカテゴリーに埋め込まれた所与の条件だ」という話を聞きました。彼らは以前、個人向けのアプリをやっていましたが全く上手くいかず、法人向けのバックオフィスSaaSにピボットして成功しました。アプリに比べてバックオフィスSaaSの解約率は大幅に下がったようですが、同カテゴリーの競合他社のSaaSも、同じように解約率は極めて低いそうです。
これは解約率だけでなく、単価など他の要素にも当てはまります。例えば「コンサルティング」というカテゴリーは単価が高いですし、「SI」というカテゴリーは単価が高く解約率も低い。ビジネスの成功を左右する様々な条件が、実は最初に選んだカテゴリーによってほぼ決まってしまっているのです。
塩口 最後に、BtoBマーケターに向けて、栗原さんが考える「カテゴリーの重要性」を改めてお伺いできますか。
栗原氏 そうです。例えば、マーケティングツールは基本的に解約されやすいですよね。この「ゲームのルール」は、AIが出てきても変わりません。どのカテゴリーを選ぶかで、かけられるマーケティングコストも、その後の成長率や利益額も決まってしまう。だからこそ、カテゴリーの選定が何よりも重要だと言えます。
塩口 最後に伺います。栗原さんにとって「カテゴリー」とは何でしょう?
栗原氏 戦略の起点であり、成功へのスタートラインでしょうか。どんな戦術、実行よりも、どこで戦うかを間違えないことが何より重要。『人生はカテゴリー選定が9割』という書籍を出したいぐらいです。
