Interview

なぜ今、“カテゴリー”が必要なのか──田岡凌氏が語る市場創造の思考法

なぜ今、“カテゴリー”が必要なのか──田岡凌氏が語る市場創造の思考法

現在のビジネスにおいて、企業が提供するサービスやモノ・コトは市場の成熟や顧客ニーズの急速な変化により、差別化の限界を迎えようとしている ―― そんな中、昨今注目されているのが「カテゴリー戦略」だ。

「カテゴリー戦略は、既存の枠組みに乗るのではなく、自ら市場を定義し、顧客の頭の中に“新しい当たり前”を想起させること」と語るのは、ブランド戦略家・田岡凌氏だ。著書『急成長企業だけが実践するカテゴリー戦略 頭に浮かべば、モノは売れる』でも語られているこの思想は、単なるマーケティングの枠を超え、企業の成長戦略そのものに深く根ざしている。

本記事では、田岡氏の言葉と実践知から、カテゴリー戦略の定義・プロセス・実装方法、そして日本発の「新しい当たり前」をつくる希望までを掘り下げていく。


出演者

インタビュイー
田岡 凌 / suswork株式会社 / 代表取締役

京都大学卒業後、ネスレにてネスカフェドルチェグスト、ミロのブランド担当。 外資系企業のブランドマーケティング責任者、マーケティングSaaSスタートアップ CMOを歴任。 現在、suswork株式会社にて、スタートアップから大企業まで数十社のマーケティング戦略支援を行う。

インタビュアー
塩口 哲平 / 取締役副社長 / COO

新卒でコンサルティングファームのトーマツグループに入社。中小ベンチャー企業の組織開発や人材コンサルティングを実施する。その後、2015年に動画マーケティング会社の株式会社プルークスを共同創業し取締役に就任する。2017年にJapan Youtube Ads Leaderboardを受賞。EXIDEAでは、スタートアップから大企業までBtoBマーケティング・ブランディング支援を行う。


「売れる」を再設計する──カテゴリー戦略という視点

急成長企業だけが実践するカテゴリー戦略 - 田岡凌

塩口 今日は「カテゴリー戦略」をテーマに、田岡さんにじっくりお話をうかがっていきます。そもそもですが、田岡さんにとって「カテゴリー戦略」って、どういうものだと捉えているんですか?

田岡氏 カテゴリー戦略とは、新しい市場を定義し、その市場でナンバーワンになることを目指す事業戦略です。

スタートアップにおいては、事業の急成長が投資家から求められるなかで、いかにして新しい市場のカテゴリーリーダーとして事業成長できるかが事業の成否を分けます。単に商品を売るだけでなく、「これはこういうカテゴリーに属する新しい価値である」と打ち出し、市場ごと創り成長させていく必要があると考えています。

塩口 なるほど…既存市場で入っても勝ち目がないなら、自ら勝てるフィールドを定義するわけですね。

田岡氏 おっしゃる通りで、ブランド力の強化だけでは限界があり、むしろ「顧客起点」で新たな価値を定義し直すことが求められています。

例えばビール市場におけるノンアルコールやビアカクテルなど、時代の変化に対応した新たなカテゴリーが生まれていますよね。今、成長の鈍化を感じているコア事業も、こうした変化の中で再定義する必要がある―― つまりカテゴリー戦略は、既存事業のリブーストにも応用できる視座なんです。

塩口 よく「ブランドを強くすれば売れる」と言われますが、最近はその考え方だけでは厳しい場面も増えてきましたよね。

田岡氏 そうなんです。「ブランドを強化すれば売れる」という前提のもとで戦っている企業が多いですが、実際にそもそも「市場=カテゴリー」がシュリンクしているケースもあります。

その課題に気が付かないまま、ブランドをいくら磨いても成長につながらないケースが増えています。だからこそ「新しい市場」を顧客起点で再定義する、つまりカテゴリーをつくる、成長させていくという視点が必要になってきます。

劇的なスピードで変化する時代が、カテゴリーの重要性を再定義する

塩口 最近、いろんな業界で「カテゴリー」という言葉を聞くようになりました。その背景にはどんな変化があると感じますか?

田岡氏 背景は大きく3つあります。1つ目は「変化の加速」です。技術・政治・文化など、あらゆる分野で変化が速くなっています。特にAIの台頭によって、これまでの価値観や市場構造が一気に塗り替えられています。

塩口 たしかに、今まで正解だったことがあっという間に時代遅れになってしまうことが増えていますよね…。

田岡氏 そうですね…AIの登場によって顧客の潜在課題の生まれ方にも変化がありました。それが、2つ目の「顧客の潜在課題が次々に生まれている」ということです。変化が大きいからこそ、顧客自身が気づいていない課題を、企業が見つけ、価値に変えることがしやすい時代になってきました。

3つ目は「競争から共創への転換」です。企業単体で勝つのではなく、バリューチェーンが複雑化している中で、エコシステム全体で市場を育てるという発想が重要になってきています。こうした変化が重なり、カテゴリーという視点が今、改めて注目されているのです。

カテゴリーの出発点は「潜在課題」

塩口 先程「潜在課題」という言葉もありましたが、カテゴリーを定義するには、どこから着手すべきなのでしょう?

田岡氏 私がクライアントワークを通しカテゴリーを定義する中で、特に感じることは「結局何が課題なのかわからず、問題に向き合えていない」ということです。

本来価値があるものを新しく世の中に提示しようとした時に、新しい物をシンプルに一言伝えないと世の中には流通しません。そのためには、まず「顧客の潜在課題」から考えるということが重要です。新しい市場を創るには、「まだ言語化されていない課題」や「顧客が諦められている不便さ」に着目する必要があります。

塩口 まず潜在課題を明確にして、違和感を言語化していくイメージでしょうか?

田岡氏 そうですね。ですが潜在課題を明確にする際には、マーケターやマーケティングにおいてよく言われる「深堀り」や「解像度を高める」という言葉の定義が重要になります。

そもそもその深堀りや解像度が定義されていない状態で、潜在課題を抽出しようとしても意味がありません。

塩口 あ、確かに…マーケティングの良く言われている定説というか… 言葉では良く使われているけど、その定義はされないままですよね…。

田岡氏 そうなんです…言葉の定義も曖昧なまま、クライアント支援をしようとしてもクリティカルな提案はできません。それくらい言葉は大切なんです。

塩口 その上で、潜在課題を発見するにはどうしたら良いのでしょうか?

田岡氏 そのために必要なのが、「ファクト(顕在課題)」と「仮説」の切り分けです。4W1H(誰が、いつ、どこで、何を、なぜ)で顕在課題をヒアリングし、表面化している事実を整理します。そして、その裏にある構造的な課題を仮説として立て、コンセプトをぶつけて、検証を重ねていきます。

このアプローチは、探偵が犯人を見つける時と似ています。探偵がいきなり、事件現場に来て犯人は誰かを現場の人間に聞いても答えはでません。容疑者の候補になるその場にいた人間に「いつ、どこで、何をしていたのか」をヒアリングすることで、点が線になり、犯人像が明確になっていきます。

塩口 なるほど… まずはファクトを洗い出して、テーブルに並べてみることが重要なんですね。

田岡氏 それがカテゴリーを定義するファーストステップとして一番重要です。「ファクトを深堀りしてもわからない…」という状態を一度体験し、認知する必要があります。その上ではじめて、仮説で検証していくことが重要です。

塩口 その上で、独自価値が見えてくると思うのですが、「独自価値」という言葉の定義をどのように田岡さんは考えていますか?

田岡氏 一言で言うと、「お客さんが求めていて自社が提供できる独自価値」だと思っています。独自性と便益を見つけに行くということが独自価値の構造です。これは「Value Proposition」とも呼ばれます。
ここで注意すべきは、「価値」と呼ばれているものの主語が「顧客(お客様)」なのかという点です。企業やブランドにとっての価値ではなく、顧客にどのような価値が生まれるのかを明確に伝えられている状況なのかどうかを見つめ直す必要があります。

例えば、BtoBのサービスであれば、サービスを導入することで、商談率が上がるのか、工数が減るのか、売上が上がるのか… 結局どのような課題が解決できるのかを、徹底的にシンプルに言語化することです。

*「Value Proposition」とは?

「バリュープロポジション(Value Proposition)」とは、企業が顧客に提供する独自の価値を指します。顧客が自社の製品やサービスを選ぶ理由を明確にし、競合他社との差別化を図るための重要な概念です。

「新しい」×「わかる」がカテゴリーのキーワードの本質

塩口 仮説検証が終え、潜在課題も明確化された中で、どのように人に伝え記憶に残す必要があるのでしょうか?

田岡氏 ここで重要になるのが、「キーワード」「イメージ」「文脈」の設計です。

「キーワード」とは、カテゴリーを一言で表すラベルです。人の記憶に残すためには、情報を意味だけでなく“言葉”として整理して格納する必要があります。「新しいけど、わかる!」と感じられる一言。これが記憶への入口になります。

塩口 あ、確かに…「新しいけど、わかる」って言葉はかなりしっくり来ますね…。「スキマバイト」という言葉などまさしくそんな気が…「伝え方」も重要になるんでしょうか?

田岡氏 おっしゃる通りで、さらに重要なのは、なぜ今そのキーワードが必要なのかという「文脈」です。時代背景や社会的なテーマ──いわゆる“Why now”が明確でなければ、メディアやステークホルダーが関心を持ってくれません。そこに共感を呼ぶ物語性や、社会的意義を添えていくことが求められます。

また「イメージ」も不可欠です。視覚や聴覚に訴える要素があると、言葉の定着率は格段に上がります。顧客が誰かに伝えるとき、SNSに投稿するとき、プレゼン資料に載せる際にも、直感的に伝わる表現が必要になります。

塩口 なるほど、クリエイティブ自体がコンセプトからではなく直感的に伝わるにはどうするのか?を前提としてクリエイティブに変わってきそうですね。

田岡氏 そうですね、現代人は様々なデバイスやプラットフォームで多種多様なコンテンツに触れることができる時代です。いかに短時間の内に相手の心に訴えかけ、相手の頭の中の記憶に残すかがクリエイティブにおいて重要になってきています。

塩口 なるほど…私たちもカテゴリー支援をしていて感じるのですが、よく「コンセプト」と「カテゴリー」が混同されることがあります。その違いについてはどう説明されますか?

田岡氏 コンセプトは「お客さんにとってこういうものだよね」という認識をつくるものですが、それだけでは頭の中から“取り出せる形”では残りにくいという特性があります。記憶に格納するにはラベル、つまりカテゴリーキーワードが必要なんです。

言い換えればカテゴリーは、新しい社会的な文脈と結びつけて「新しい当たり前」をつくる構造です。マーケット自体を生み出す力を持ち、競合や代替手段とも共存しながら市場を広げる起点になります。
PRでいうキャンペーンコンセプトを、もっと構造的に磨き込んだものが、カテゴリー設計だと考えています。

顧客起点にはなりますが、広義ではコンセプトだけでは、必ずしもマーケットを創造できません。一方で、カテゴリーはマーケットの創造を目指すことができます。

塩口 競合も同じ土俵で育っていくイメージでしょうか?

田岡氏 まさにそうです。「違い」を打ち出すだけでなく、自社が中心となり「同じフィールドで一緒に市場を育てよう」という姿勢が、結果的に自社のNo.1ポジションを確立することにもつながっていきます。

成長しないカテゴリーと組織における突破口とは?

塩口 ここまで伺ってきた話から考えると、成長が鈍化しているカテゴリーに属する企業や、組織内でアイデアが停滞しているような状態にも、カテゴリー戦略が活きてくるのではと思うんですが、そのあたりはどうですか?

田岡氏 成長しないカテゴリーは「エコシステム」に課題があると思います。自社(自分)が投資し続けて事業やサービスを伸ばし続けるのは、限界がきます。

カテゴリーは、競合や取引先、プレイヤーなどの巻き込んで初めてシナジーを生み成長していくものです。なぜなら先程も伝えたとおり、競合ですら、同じカテゴリーに乗って市場を広げていく存在だからです。だからこそ、他社や社会と共創するための構造設計が求められます。

塩口 シナジーを生み出し成長する起点はまずは自社の組織が重要なんですかね…カテゴリー戦略を社内で浸透させる際には、どんな障壁がありますか?

田岡氏 大きく3つあります。1つ目は「経営層の認識不足」です。カテゴリー戦略はブランディングやマーケティングだけの話ではなく、経営戦略そのものです。

2つ目は「顧客接点との距離」です。現場で拾える“カテゴリーの卵”が、上層部に届かず埋もれてしまうことが多いケースがあります。顧客視点が重要になるのに、経営者は現場に降りてこなかったり、現場担当者に顧客との接点を任せきりにしたりしていては、顧客の潜在課題を探ることはできません。

3つ目は「実行できる人材の不足」です。変化を捉え、仮説検証を繰り返しながら行動できる、いわば“多動的”な人材が求められています。

これらの壁を超えるには、経営層が自ら現場に入り、N=1の顧客の声に耳を傾けることが出発点になります。

塩口 なるほど…これは経営者の方からしたら耳が痛い話かもしれませんね(汗)経営者自身が顧客と向き合っているかを問われるというか…

田岡氏 そうなんです… 従業員には顧客と向き合うことの重要性を伝えているものの、経営者自身は現場を見ていない…このギャップにこそカテゴリーの卵が隠れているのに気が付かない状態ですね。 なので、カスタマーセンターのスタッフや営業担当者の方が、顧客の潜在課題に気がついている場合もあります。

現場が気がついてカテゴリーの卵を経営層もしっかりと育て、蔑ろにしない組織力が重要だと思います。

塩口 一方で先程もキーワードとして出ましたが、「新しい当たり前」を認知させるのはハードルが高いですよね。

田岡氏 確かに難しいように感じるかもしれませんが、カテゴリー設計は針の穴に糸を通すようなものでもありません。実は我々の周りにあるものは、すべてカテゴリーです。椅子、車、コアワーキングスペースなど、全部がカテゴリーに該当します。

塩口 確かに…言葉になっていないモノが、言語化されてはじめて存在をなすというか…

田岡氏 そうなんです。なので、カテゴリーを創造するには、顕在課題だけで満足しないで、人とは違う独自の潜在課題をみつけ、それに価値を足し提供し、世の中の当たり前にする――――そして、その積み重ねで私たちは「言葉」を獲得し、それが顧客の欲しい(ニーズ)になります。

例えば、自動車は今では当たり前の乗り物ですが、100年前では当たり前ではなかったですよね。ですが、自動車産業に携わる人や消費者そして社会が、関わりシナジーを生み、今の社会や人に浸透していったんです。つまり一般名詞は、すべてカテゴリーになるわけです。

「日本発のカテゴリー」を共創で広げる未来へ

塩口 最後に、今後田岡さんが挑戦したいテーマがあれば教えてください。

田岡氏 私は「日本発のカテゴリー」を世界に広げていきたいと考えています。特に関心があるのは、日本の文化に根ざした文脈を起点に、市場を再構築していくことです。

塩口 素敵ですね…具体的には、どんなイメージですか?

田岡氏 例えば、旅館や寿司、伝統工芸など、日本には他国にはない独自の歴史や価値観があります。これらを現代の社会課題や生活スタイルに接続し、新しい言葉、価値そしてイメージを再設計していくことで、新たな市場を生み出せる可能性があると思っています。

私は、ただ“競争”するのではなく、“共創”によって市場を広げたいです。競合と張り合うのではなく、一緒に市場を育てていけたらと思います。カテゴリー戦略の醍醐味は、ひとつの企業やプロダクトだけで完結しないところにもあると感じています。

塩口 なるほど、やはり「競争」ではなく「共創」という言葉が鍵になりそうですね。

田岡氏 共創というキーワードは、企業だけの話ではありません。例えば、自治体も独自の魅力や資源を生かして新しいカテゴリーを打ち出せる存在です。

ですが多くの場合、自治体は“自治体起点”で物事を考えてしまいがちです。本来は、どんな企業や人と組むと地域の価値がより際立つのか、その「交点」にこそ新しい可能性があると考えています。

また、AIによって社会の変化スピードが加速している今、時間軸のなかで残るものは何かと考えると、“歴史”や“文化”が持つ重みだと思います。

例えば、西陣織のような伝統産業も、切り口次第でグローバルな市場に転換できるはずです。そうした日本ならではの背景を武器に、「今ここで、なぜこれをやるのか」を問い続けたいですね。

塩口 ここまでのお話を聞いているとカテゴリー戦略が、ただのマーケティングの要素ではないことに気がつきますね… 社会を変えることができるパワーがあると言うか…。

田岡氏 まさしくおっしゃる通りで、私にとってカテゴリーとは、単なるビジネス戦略ではなく、「社会とともに未来を描くための道筋」でもあります。

塩口 確かに…カテゴリー戦略が一時的なブームで終わってほしくないというか、日本自体を変えるきっかけになる考え方だと思いました。

田岡氏 ありがとうございます。だからこそ、カテゴリー戦略を通して、日本から世界へ広がる新たな“当たり前”を、仲間たちと一緒に育てていきたいと思っています。

塩口 ありがとうございます…色々と心に刺さりました(笑)最後に田岡さんにとって「カテゴリー」とはどんな存在ですか?

田岡氏 それは「未来をつくること」です。

単に市場で勝つための手法ではなく、社会や文化の変化を捉えながら、「意味と構造」を再設計していくことで未来を切り拓く思考法だと考えています。